Ein Tagebuch von Berlin

そろそろ梅雨の季節が近づいてきたのかも
2004.05.14 Friday (00:00)
そろそろ梅雨の季節が近づいてきたのかもしれません。
雨の日が増えてきました。

先日ショスタコヴィッチのチェロ・ソナタを演奏させていただいたライブの折に
足をお運びくださいました皆様、本当にありがとうございました。
ショスタコヴィッチが肌で感じ、考えていたことを表現することにはまだまだ届かず、
これから学んでいかなければいけないことがたくさんあることを感じました。
ただ、音楽奥深くに何かショスタコヴィッチが伝えたかったことがある、
そのことを感じました。
それはショスタコヴィッチに限らず、どのような作曲家にも
そしてそれぞれの作品にも言えることなのだと感じています。
アマデウスのお店で、そしてその場にいらしてくださる皆様のお気持ちの中で
演奏させていただくことでその奥深くに確かに「ある」ものの存在を
おぼろげながら感じることができたように思います。
それが何なのか、これからも探し続けていきたいと思います。

6月には高橋が一員であります「アンサンブル135」の第2回目の演奏会が
明石で開かれます。普段演奏される機会の少ないプログラムもあります。
よろしければ是非お運びください。
次に「アマデウス」の空間でお目にかかれます折を心待ちに…
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1日1日若い芽が色づくのを感じます
2004.04.20 Tuesday (00:00)
1日1日若い芽が色づくのを感じます。
あっという間に風景の中に色があふれてきました。

ショスタコビッチのトリオ、そしてチェロソナタと2つの曲に取り組んで
ショスタコビッチの生きた時代を考えました。
今を生きる私たちと何が同じで何が違うのでしょう。

トリオに取り組んでみて感じたのは1つの曲の中にある「多面性」でした。
悲しみ、皮肉、ユーモア…いろいろなことが1つの曲の中に
同時に存在する(存在しうる)ことが許されている、
そのことに「やさしさ」を感じる気持ちもありました。
でもそれは本当に「やさしさ」だったのでしょうか…
チェロソナタに取り組みながら
今は少し違う印象を持つようになりました。

シューマンやシューベルトの音楽を聴く時、
その中に死の存在や「心の痛み」を感じることがあります。
そしてそれらに対する憧れのようなものも感じることがあります。
ショスタコビッチの音楽の中にも同じように
死の影を感じることがあるのですが、
その中には、心の痛みをかかえながらも「美しい夢」の中に
身を置くことができたシューマンやシューベルトの時代とは違う、
肌を刺すようなひりひりとした「痛み」を感じます。
その「痛み」は人をどこへ運んでいくのでしょうか。

チェロソナタからもトリオと同じように
氷の結晶がはらはらと落ちる音、軍隊の足音、
人々の雑踏、声…いろいろな「音」が聞えてきます。
皮肉、ユーモア、悲しみ、いろいろに見えたことは
実はすべてひりひりとした「痛み」から
生まれたものだったのかもしれません。

今回の会の後、メンバーの宮本が半年間、
ベルリンで研鑚を積むことになりました。
チェロソナタ、心をこめて演奏させていただきたいと思います。
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桜の花がそろそろ散り始めました
2004.04.09 Friday (00:00)
桜の花がそろそろ散り始めました。
今年は思いがけず、桜の季節を長く愉しむことができて
美しさを満喫できたように思います。
春がやってきました。

先日、サロンコンサートの折には
雪混じりの寒さの中、お運びくださった皆様、
本当にありがとうございました。
音楽を慈しむように聴いて下さるその雰囲気の中で
私たちにもいつも合わせていた時とまた違った化学反応が
起こっていたように思います。
その時にお会いできた方々、その時にその場所に確かにあった音楽、
きっともう2度と同じことは起こらない「瞬間」なのですね。
そのような「瞬間」に出会えることの幸せを感じています。
またの機会はどのような瞬間になるのでしょうか…
その機会を待ちつつ、3人でお会いしたいと思います。

今月末にはサロンコンサートの折に取り組んだショスタコヴィッチが作曲した
チェロソナタにメンバーの高橋と宮本が挑戦します。
一筋縄ではいかないショスタコビッチ、
今回はどのような表情を見せるのでしょうか。
また曲のことなどご紹介できれば…と思っています。
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すっかり春らしく…と思っていたら
2004.03.04 Thursday (00:00)
すっかり春らしく…と思っていたらこの一週間は
寒さが戻ってきました。
三寒四温の言葉どおり、なかなか思うようには
春はやってきてくれないようですが、
季節はこうやってゆっくりと変わっていくことで
私たちに少しずつ楽しみを与えてくれているような気がしています。

今日はブラームスの1番のトリオの事をお話ししたいと思います。
ブラームスは多くの室内楽の作品を作っていますが、
室内楽は彼の人柄を映すのに最も適したジャンルだったようです。

この1番のトリオは作品8ということで、かなり若い時期に
(21歳の時と言われています。)作曲されましたが、
実は現在演奏される機会の多いのはこの版の改訂版で
1889年から90年に書けて作り直されたものです。
ブラームスはこの改訂版の事を友人に「それに鬘を与えたのではなく、
櫛をあてて髪をととのえたもの」と紹介しています。
しかしこれはブラームス特有の「控えめな」表現で、
「この作品は作品108と呼ばれてもよいくらいだ」という
批評家もいたようです。
1楽章だけで500小節ほどあった「大曲」は全体の長さの3分の1ほどを削られ、
その分曲全体の集中度が見事に高められています。
ブラームスは若い時に書いた自分の曲を後年、練り直すということを
よくしていたようですが、1つのピースを抜いてしまえば
建物全体が崩れてしまうような、綿密で考え抜かれたこの作品も
数あるトリオの中で演奏される機会が多い事は
当然のことと言えるのかもしれません。

ショスタコビッチ、ブラームスという国も時代も違う2人の作曲家の世界を
深めていきたいと思います。
サロンコンサートもあと少しになりました。
あたたかなコーヒーと一緒にアマデウスのお店でお待ちしています。
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暦の上では春になりましたが
2004.02.11 Wednesday (00:00)
暦の上では春になりましたが、まだまだ風の冷たい日が続いています。
皆様いかがおすごしですか?
穏やかだった今年のお正月をすごしてから
このひと月ほどは久しぶりに本格的な「冬」を感じました。
でもそろそろ春が待ち遠しいこのごろ、だんだんに日が長くなってきていて、
ほんの少し日差しが明るくなってきているように思います。
これからは1日1日、見えないところで
きっといろいろなものが変わっていく季節なのだと思います。

3月の初めにサロンコンサートの機会をいただいて、
トリオの会をさせていただくことになりました。
今回はショスタコーヴィチの2番のピアノトリオと
ブラームスの1番のピアノトリオに挑戦しています。

ショスタコーヴィチはロシアの作曲家で交響曲を15曲残していますが、
室内楽のジャンルでも多くの曲を作曲しています。
2番のピアノトリオはショスタコ―ヴィチが深く敬愛していた
友人の音楽学者ソレルティーンスキーの死を悼んで書かれた曲です。
チャイコフスキ―がニコライ・ルビンシテインに
ピアノトリオ「偉大な芸術家の想い出」を捧げ、
ラフマニノフが「悲しみの三重奏曲」をチャイコフスキーに捧げたのと同じように、
しかしショスタコーヴィチならではの淡々とした語り口で
「悲しみ」が語られています。
また、作曲されていたのが第2次世界大戦中ということもあって
戦争によって失われた多くの友への追悼歌でもあるのではないかと
言われています。

ショスタコーヴィチが生きていた時代とは
どのような時代なのでしょうか。
現在を生きている私たちから近いようで遠い、
そして遠いようで近いような気がしています。
ショスタコーヴィチが体感していたことを
想像することしかできない私たちですが、
怒りや悲しみをストレートに悲しいと言えなかった状況での複雑な感情と、
いろいろなものの考え方や価値観が存在することを
そのままの姿で許す、果てしのない優しさを感じます。
長い長い冬、雪に覆われた広い大地で
ショスタコーヴィチは何を想い、感じていたのでしょうか。

数あるピアノトリオの中でも白眉と言える
ブラームスの1番のピアノトリオについても
また次回日記の中でご紹介させていただくことができれば…と思います。
今回の2曲をヴァイオリンに立花礼子さんをお迎えして
取り組んでいます。
私たち3人の想いがどのような化学反応(!)を起こすのか
愉しんでいただけますように、またこれからじっくり熟成させたいと
思います。
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今年もあとひと月になりました
2003.12.01 Monday (00:00)
今年もあとひと月になりました。
しばらくぶりの日記になります。
今年は寒い夏と暖かい冬(まだ秋の続きのようにも思えます)のためか
あまり季節を感じることのないまま
1年を終える時期が来てしまったように思います。
これからしばらくは1年のうちでも1番夜の長い季節、
皆様はいかがおすごしですか?

「冬」というと何か「静」のイメージを持ちます。
長い夜、静かな朝、木も葉を落として春を待っている…
何かが起こる前の「静けさ」のイメージでしょうか。
「夜」にも同じように「静けさ」を感じますが
何かが起こる前、起こることへの期待する気持ちの大きさは
冬の方が大きいような印象を受けます。
何か楽しみなことがあると、実はその楽しい事が起こる前が
1番幸せな時間であったりするのは私だけでしょうか!
いろいろなことに考えをめぐらせたり、起こることを待つ時間を
愉しみながらこの冬も過ごしていきたいと思います。

このひと月にはメンバーの宮本とソプラノの平野佳恵さんが
ゲーテの詩に作曲したいろいろな作曲家のリートを中心にお届けするライブと
高橋と宮本が出演するウィーンクラブ・サロンコンサートがあります。
サロンコンサートでは高橋と宮本があしかけ2年かけて勉強してきた
ベートーヴェンからブラームス、プロコフィエフと
時代や国を広げてチェロ・ソナタに取り組みます。
チェロという楽器のいろいろな可能性、作曲家とその時代の個性、
「音」という存在を介して広がるイメージ…
曲のことを勉強していくうちにどんどんその奥深さに
惹き込まれていくような気がしています。
今回の会はアマデウスのお店にも応援をいただいて
ウィーンクラブの会員でらっしゃらない方も
自由にいらしていただけます。
冬のひととき、「アマデウス」にお運び下さい。
コーヒーの香りと一緒にお待ちしています。
| ドゥムキー | comments(0) | berlinnikki |
寒い日が続いていましたが
2003.02.18 Tuesday (00:00)
寒い日が続いていましたが、ようやく暖かな日差しを感じるようになってきました。
先日のサロンコンサートの折には、寒さの厳しい日でしたのに
お運びくださった皆様、ありがとうございました。
たくさんの方々にいらしていただいて、また、皆様に今回もじっくりと
お聴きいただきましたこと、本当にうれしく励みに感じています。
皆様と本当に近い距離で演奏させていただくことの出来る「アマデウス」の空間で
いつも私達はどれだけたくさんのことを得ていることかと思います。

今回取り組んだモーツアルト、ベートーヴェン、シューベルトの曲は
シンプルでその分、演奏する者が試されるような一面(まるで鏡に
映されているように)があるように思いました。
シンプルなその姿を再現することの難しさを思いつつ、
これからももっと音楽とまっすぐ向かい合っていくことができるように
積み重ねていきたいと思います。

日差しが明るくなると、風の冷たさも少し和らいで感じられるのが不思議です。
春もそこまでやってきているのではないでしょうか。
きっと寒さもあと少し、風邪などひかれませんよう
皆様、お身体大切にお過ごし下さい。
(3月にはメンバーの高橋乗子(チェロ)と宮本智子(ピアノ)がベートーヴェンの
チェロソナタに取り組んでいるシリーズのライブをさせていただく予定です。
もしよろしければコーヒーを愉しみがてら足をお運びください。)
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ここ数日寒さは幾分和らいでいるように
2003.01.22 Wednesday (00:00)
ここ数日寒さは幾分和らいでいるように思いますが、
風の冷たい季節になりました。
今日はサロンコンサートのプログラムの後半に演奏します
ベートーヴェンのピアノトリオ第3番についてご紹介したいと思います。

この曲には作品1の3という作品番号がつけられていて、
ベートーヴェンの数ある作品の中でも本当に初期の作品になります。
また、記念すべき作品1の3つの曲はピアノトリオ3曲からなっています。
この3曲が出版されたのはベートーヴェンが24歳であった1795年の夏と言われています
が、
3曲ともリヒノフスキー公爵に捧げられ、公爵邸で開かれた演奏会で
演奏されています。そしてその演奏会で3つの作品をハイドンが聴き、
「1番と2番はよいが、3番のハ短調だけは出版を見わせたほうがよいのではないか」と
ベートーヴェンに忠告したというエピソードが残されています。
1番は変ホ長調、2番はト長調で書かれ、3番だけが「ハ短調」・・・
1番、2番はベートーヴェンの個性が表現されつつも、全体的に明るい気分が
曲を支配しています。しかし3番は・・・
ベートーヴェンにとって「ハ短調」という調性は大きな意味を持っていると
指摘されていて、ピアノソナタ第8番(「悲愴ソナタ」)などベートーヴェンの
重要な作品の多くがハ短調という調性を持って書かれています。
作品1の3曲のピアノトリオがリヒノフスキー邸で演奏された当時は
まだピアノトリオという形は発展の初期の段階で、(モーツアルトのピアノトリオに
ついてご紹介した折にも触れましたが)交響曲をアレンジしたものを演奏したり、
その場限りの即興と言う形も多かったようなので、
貴族の館での比較的遊びの要素の強い演奏会で、この3番のピアノトリオは
かなり異色であったと想像できます。
4楽章からなるこの曲の随所にシリアスなメッセージが盛り込まれ、
曲の最後は弱音で消え入るように終わっていきます。
人はどこから生まれ、どこへ去っていくのか・・・
そんな孤独感をも含んだこの曲はすでにベートーヴェン自身の
中期の一連の作品を予測させるものになっていると言われています。

作品1の3曲の中でベートーヴェンが1番自信を持ち、自身を表現したのは
この第3番のピアノトリオであろうと思われます。
3曲のピアノトリオを作曲するためにベートーヴェンは
おそらくハイドンの交響曲を勉強したのであろうと考える指摘もありますが、
ハイドンの先ほどの「助言」はベートーヴェンにどのように聞こえたのでしょうか。
ベートーヴェンが次に書いた第4番のピアノトリオは「街の歌」作品11、
その次の第5番「幽霊」は作品70の1で、長い時を待って作られることになりますが、
作品1という若さの中にすでにほぼ完成された個性を表現したこのような作品に
触れていると、いかにベートーヴェンがすごい人であったかを感じます。

サロンコンサートも近づいてきました。
またアマデウスで皆様とお会いできますこと、心待ちに・・・
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新しい年がやってきました
2003.01.04 Saturday (00:00)
新しい年がやってきました。明けましておめでとうございます。
皆様、お正月はいかがお過ごしでしたでしょうか。
 
夜の長いこの季節、少し夜更かしをしていろいろなことに
思いを寄せるのも愉しみの一つかもしれません。
今取り組んでいる曲の一つ、シューベルトの「ノットゥルノ」も
ノクターン(夜想曲、夜を想う曲)です。
この曲はもともとは2曲あるピアノ・トリオのうち、シューベルトが
1番のトリオ(D.898)の2楽章のために書いたと言われています。
「ノットゥルノ」という名前はシューベルト自身が名付けたものではなく
出版される際に出版社がつけたもののようです。
10分ほどの小品ですが、美しいメロディー(「歌曲の王」シューベルトらしく!)と
大きな流れがスケールの大きさを際立たせているように思います。
最後に曲の最初のメロディーがまた、少し形を変えながらも現れます。
この曲はシューベルトの死の前年に書かれていて、まるでいろいろなことを経て
人生が1つの終わりを迎えるような(しかし決して悲しみの中ではなく、希望のうちに)
そのようなイメージを持ちます。

この数日、また急に寒さが増してきました。
でも春を待って長い夜を愉しむことも(温かい飲み物、そして音楽と一緒に!)
きっと素敵なことですね。
この1年がよい年でありますように・・・
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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11月も終わりに近づいて、
2002.11.27 Wednesday (00:00)
11月も終わりに近づいて、
ずいぶん風が冷たく感じられるようになりました。
皆様いかがおすごしでしょうか?
紅葉の季節も駆け足で去ってしまって、
いよいよ冬がやってくる様子です。
今日は1月のサロンコンサートで演奏させていただく
モーツアルトのトリオの事を少しご紹介したいと思います。

モーツアルトは断片なども合わせると
全部で7曲のピアノ三重奏曲を作っていますが、
当時はまだピアノ三重奏という形は
これから発展していこうとする時期だったようで、
はじめの頃は、いろいろな編成のもの(オーケストラ等も含めて)を
ピアノ三重奏という形に編曲して、家庭の中で音楽を愉しむということも
多かったといわれています。
このような状況の中で、モーツアルトは新しい
この「ピアノ三重奏」というジャンルに興味を持ったようで、
この分野での成功が更なる飛躍になると考えていたようです。

今回取り組んでいる4番(変ロ長調、K.502)は7曲のうちでも
もっとも有名な曲の1つで、演奏される機会も多く、
モーツアルトらしい明るさ、軽快さに満ちた曲です。
中でも2楽章の美しさには心が洗われる思いがします。
1楽章に出てくるテーマが「ピアノ協奏曲(変ロ長調K.450)のテーマに
とても良く似ている」という指摘がされることがあったり、
2楽章、3楽章に「協奏曲のソロとトゥッティ(総奏)の原理から
できているところがたくさん見られる」と言われたりすることもあるようで、
新しいジャンルに挑戦するモーツアルトの工夫が
そのようなところに現れているのかもしれません。
でも全体を通して親しい人を想うような「温かさ」が感じられて、
個人的にはそのようなところにこの曲の魅力を感じています。
皆様にはどのようにこの曲をお聴きいただけますでしょうか。

今回のサロンコンサートでは、前半にこのモーツアルトのトリオと
シューベルトの「ノットゥルノ」(英語で言うところの「ノクターン」、
日本語では「夜想曲」と訳されることが多いようです。「夜を想う」・・・
とても美しい言葉!だと思います。)と呼ばれるピアノ三重奏曲を演奏します。
後半にはベートーヴェンの3番のトリオに取り組みます。
また後日、続けてご紹介させていただきたいと思っています。
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