Ein Tagebuch von Berlin

私的伯林日記
<< August 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

クラシック・カフェ

日曜日、クラシック・カフェに伺いました。

 

 

 

今回は王子公園にあるCafé P/Sさんにての会。久しぶりにお邪魔できました。この日はハンガリー舞曲をピアノ連弾版、オーケストラ編曲版、ヴァイオリンとピアノのデュオ版も織り交ぜながらいろいろな形で全曲を聴かせていただくという会でした。

 

6年間、82回に渡り続けてらっしゃる会。緩やかな心地よさの中、音楽に浸ることができる幸せと「そうか、こんなことがあったのだなあ」「なるほど」というお話を伺えることも興味深く、音楽の「場所」を作りその場所を育て続けていらっしゃることに心がふるえます。

 

ラベック姉妹、アバドとウィーンフィルの演奏。17番以降はドヴォルザークがオーケストラ版の編曲をしているとのお話、何かドヴォルザークの響きがするような…面白いなあ!最後はジプシーヴァイオリンのCDも心地よく聴かせていただいていました。

これからも素敵な企画が続きます。

 

クラシック・カフェ  classiccafe510.blogspot.com/

 

 

 

ベランダのくちなしの花が咲き始めました。良い香りです。







 

 

地震のこと、雨も心配です。どうか皆様お気を付けてお過ごしください。私も普通の日々の大切さを想いつつ、毎日を大事に過ごしていきたく想います。

音楽 | comments(0) | trackbacks(0)

ありがとうございました…!

昨日はご縁いただきました講座「作曲家 人と音楽」の日でした。雨が続いて心配していましたが、爽やかに晴れてほっと一息。

この日は日差しの明るいお天気の日になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

NHK文化センター西宮ガーデンズ教室にての1日講座として機会をいただきました会、ドイツ・ロマン派の作曲家ロベルト・シューマンとその妻クララの物語と音楽をお届けしました。

 

 

 

明るい日差しが入り、景色が広々と見えるスペースでの講座、初めに30分ほどお時間をいただいてロベルトとクララの物語をお話させていただきました。二人が支え合い過ごした日々、前を向き懸命に生きた日々!

 

 

 

 




そして引き続きコンサートへ。お話を交えながら当日お届けしたプログラム、初めにトロイメライ、そして幻想小曲集 作品12より「夕べに」と「飛翔」を。ピアノ・ソロを3曲お届けしました。

 

 

 



 

 

 

 

そしてロベルト・シューマンのピアノ協奏曲から…ピアノとクラリネットのアンサンブルの部分をお届けしました。クララの名前が刻まれたモチーフが聞こえてきます。今回ゲストのクラリネットの西川香代さんがご一緒くださいました。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

続いてクララ・シューマンの作品。クララが新婚の頃作曲した作品13の歌曲から「私は暗い夢の中にいた」「愛の魔法」の2曲を詩の朗読と共に。今回はクラリネットとピアノでお届けしました。クララの作品の伸びやかな魅力をお届けしたく想いました。

 

 

 

 

その後、プログラムは室内楽のレパートリーへ。初めに「3つのロマンス」より第2曲を。そしてプログラムの最後にロベルトがクラリネットとピアノのために作曲した「幻想小曲集」を全曲、お聴きいただきました。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

当日のお楽しみとさせていただいたコンサートのプログラムは、ロベルトとクララのいろいろな形の音楽をお聴きいただきたくて選んだ作品たちでした。ピアノの響きがソロからアンサンブルへと変わっていく過程を、そしてクラリネットと通い合う音楽をお楽しみいただけましたら心からの幸せです。西川香代さんの柔らかで色彩豊かな美しいクラリネットの響きと共に…

 

 

 

 

そしてロベルトとクララが生きた日々に触れていただきながら音楽を楽しんでいただけましたら…お話が音楽とお聴きくださる方とを結ぶものになりますように。

 

 

 

 

足を運んでくださった皆様がひと時をご一緒くださり、お話と私たちの音楽にじっくり耳を傾けてくださいましたこと、本当に嬉しく幸せと励みをいただきました。

 

 

 

 

アンコールには今度はクラリネットとピアノ、二人一緒のアレンジで「トロイメライ」をお届けし、この日の講座を終えさせていただきました。

 

 

 

 

お心いただきましたお品。大切に楽しませていただきます。ありがとうございます…!

 


 

 

 

 

 











 

 

 

 

 

 

 

いただきましたご縁を大切に温めながら、そして今回いただきましたことを糧に…ひと時をお愉しみいただけますように、またこれからも想いと音楽を磨いていきます。

 

 

 

 

音楽 | comments(0) | trackbacks(0)

作曲家 人と音楽


作曲家 人と音楽



 〜シューマンとクララ ともに歩む道 


 

<日時>6月3日(日)14時〜15時30分



<場所>NHK文化センター 西宮ガーデンズ教室



 



<出演> 宮本智子(ピアノとお話)



      ゲスト  西川香代(クラリネット)



(ゲストプロフィール)



西川 香代 Kayo Nishikawa(クラリネット)



京都市立芸術大学音楽学部卒業。第52回バイロイト国際青年芸術祭、第19回アフィニス夏の音楽祭に参加。オーケストラ等の客演他、室内楽にも意欲的に取り組む。



伊丹市立生涯学習センター(ラスタホール)アンサンブル講師、Klarian Quartet、広島クラリネットアンサンブル、くらりねっとカンタービレ、各メンバー。奈良フィルハーモニー管弦楽団首席奏者。



 



<演奏曲目>R.シューマン:トロイメライ



クラリネットとピアノのための幻想小曲集 作品73  



 ほか



 



♪ご縁をいただき NHK文化センター 西宮ガーデンズ教室の講座にて、作曲家の人生と作曲家が生み出した作品の背景を「一つの視点」からお話をし、作品を演奏しお届けします機会をいただきました。今回はロベルト・シューマンと彼を支え続けた愛妻クララのお話、そしてクラリネットの西川香代さんがご一緒くださりシューマンの音楽をお届けします。


 

「にちようクラシック」 日曜日の昼下がり、音楽とお話をお楽しみいただけますように…足をお運びください。


 

詳細はhttps://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1144746.html をご覧ください。
 



音楽 | comments(0) | trackbacks(0)

クララとロベルトの物語6

ロベルトの日々の最後の輝き。それはブラームスとの出会いでした。

 

6年近くを過ごしたドレスデンを去り、ロベルトとクララはデュッセルドルフに移り住みます。小さな街でありながら工業都市として発展しつつあった当時のデュッセルドルフ。ライン川のほとりにある街であることから、風光明媚な自然に恵まれているであろうというという期待とライン川沿いで音楽祭が度々開かれていたということへの期待…音楽の中心にある街ではないけれど、友人からこの街の管弦楽団と合唱団の指揮者の地位をと勧められたこともあって、ロベルトとクララは大都市ドレスデンからの移住を決めたのでした。

 

大作曲家ロベルト・シューマンをデュッセルドルフの音楽家たちは当初尊敬の念を持って迎えます。街を挙げての大歓迎でシューマン一家を迎えたのでした。

大きな期待を持ってデュッセルドルフに移り住んだロベルトとクララ。しかし工業都市として発展しつつあった当時のデュッセルドルフは住宅難で、自然に恵まれた家を期待していたロベルトとクララの思いどおりの環境にはなかなか住まうことはできなかったようです。ようやく見つかった家も眺望がなく日当たりのよくない家でした。けれどここで初めて二人はそれぞれの音楽室を持つことができました…ロベルトとの結婚以来この時までクララは自分が自由に練習できる部屋を持たずにきたのです。

 

そして初めのうちはロベルトを尊敬の念で迎えたデュッセルドルフの管弦楽団と合唱団の人々でしたが、ロベルトの繊細過ぎる性格…人を束ね統率するという能力に欠ける…ということに気づきロベルトに対して失望し始めます。指揮者の座を狙う人物の策略もあり、ロベルトは管弦楽団と合唱団の指揮者の座を事実上辞任せざるおえなくなります。

 

そのような辛い出来事があり、ロベルトの健康状態はますます悪くなる一方であった時期。そのような時にロベルトを頼って一人の若者がロベルトとクララの家を訪ねてきました。その名はヨハネス・ブラームス。独学で作曲を始めていたブラームスはヴァイオリニストのヨアヒムの紹介でロベルトを訪ねデュッセルドルフにやってきたのでした。

 

ブラームスが自分の作品をおずおずとピアノで弾き始めたのを聴き、ロベルトはクララを呼びにやります。二人はブラームスの奏でる作品に聴き入りました。その瞬間に三人の間に生涯にわたる固く結ばれた友情が結ばれたのでした。音楽が結ぶ友情!

 

ロベルトの1つ年上のメンデルスゾーン、同い年のショパンが天に召され、リストは違う道を行き…孤独であったロベルトのもとに自分の後を託す若者が現れたこと。それはロベルトにとっての希望でした。ロベルトは久しぶりに評論を書き、ブラームスを「ベートーヴェンの後継者」として世に紹介します。ロベルトとブラームスの師弟関係は幸せなもの、そしてクララにとってもブラームスとの出会いは生涯代えがたいものになりました。

 

ロベルト、そしてクララ。二人がともに歩んだ道はこの先どうなったのか。運命のように出会い、行く道を二人で乗り越えていったロベルトとクララ。美しい作品たちが残され、それらは今を生きる私たちに大きな幸せをもたらしてくれます。二人の物語と音楽に触れ、お楽しみいただけますひと時になりますように…

6月3日、NHK文化センター 西宮ガーデンズ教室での講座にてお待ちしております。

「にちようくらしっく」是非足をお運びください。

 

 

♪作曲家「人と音楽」〜シューマンとクララ、ともに歩む道

「にちようクラシック」 日曜日の昼下がり、音楽とお話をお楽しみいただけますように…足をお運びください。

詳細はhttps://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1144746.html をご覧ください。

 

音楽 | comments(0) | trackbacks(0)

クララとロベルトの物語5

ライプツィヒとドレスデン。距離近い2つの都市は、それぞれ違った個性を持った街でした。ザクセン州の首都であった大都市ドレスデン。そして商業が盛んで、小さな街であったけれど裕福であったライプツィヒ。ライプツィヒでは特に書籍の出版と印刷業が栄えていたと言われます。市民が力を持ち文化的でもあったライプツィヒと、文化は王室と貴族のものであったドレスデン。市民にはまだ音楽を愛好する土壌がなく、王室や貴族とつながりのないロベルトとクララは当初、ドレスデンの音楽界からは蚊帳の外にいる状況にありました。

 

その中でロベルトはいよいよオーケストラ作品の作曲を本格的に始めます。ライプツィヒ時代に完成させていた1番に引き続き2番の交響曲を、そして「楽園とペリ」という独唱、合唱、管弦楽のための作品を書き上げます。新婚の頃に書いたピアノと管弦楽のための「幻想曲」に第2楽章と第3楽章を加えて「ピアノ協奏曲」として仕上げたのもこの頃でした。友人から引き継いだ男声合唱団の指揮者に就任し、混声合唱団も組織しました。作曲家としての名が少しずつ世に知られるようになっていきます。

 

 

 

 

ドレスデンでの暮らしの間にロベルトとクララは3人の男の子を授かります。結婚生活の中でロベルトとクララは全部で8人の子供たちを授かることになるのです。そのうちの長男であった子は悲しいことに1歳という短い生涯を終えることになります。ロベルトの病状もやはり一進一退で、作曲に集中しすぎると消耗してしまい状態が悪くなるということもあったようです。

 

 

 

クララは家族を支えながら演奏旅行に出かけることも続けていましたが、そのような中でドレスデンでは大事件が起こります。市民の反乱が起こり街の中は戦闘状態、クララはロベルトと子供たちを連れ、ドレスデンから少し離れた街へ避難します。

その時、クララは3人目の男の子を身ごもっていました。ロベルトに憧れていた少女クララは大人の女性へ、そして母へと成長していくのでした。

 

 

 

ロベルトと同時代を生きた作曲家、メンデルスゾーンはこのドレスデンでの反乱の約半年前に、そしてショパンは反乱の約1年半後に亡くなります。特に親しく支えあってきたメンデルスゾーンの死はロベルトにとって大きな痛手となりました。自分たちが引き継いできた音楽をあとへつなげてくれる作曲家…その人を発掘したい、その想いはロベルトの心に使命のように生まれるのでした。

 

 

 

 

 


 

 

 

<ドレスデン、フラウエン教会>

 

 

 

 

音楽 | comments(0) | trackbacks(0)

クララとロベルトの物語4

ロシアへのクララの演奏旅行。鉄道がまだでき始めた当時の演奏旅行は馬車での移動が中心で過酷なものでした。ロベルトが34歳、クララが25歳であった1844年1月にベルリン経由でロシアでの演奏旅行に出発したクララとロベルトは各地を回り5月にようやく戻ります。

演奏旅行中、重い風邪の症状を見せていたシューマン。しかしその症状はその後、生涯に渡りロベルトを苦しませる精神病の兆候でした。

 

 

 

この演奏旅行でクララはピアニストとして大きな成功をおさめます。一方、当時の作曲家が「成功する」にはオーケストラ作品を書き聴衆に受け入れられるということが第1条件でした。クララと結婚したのち、今も傑作として残る歌曲や室内楽曲を生み出していたロベルトでしたが、まだこのころは交響曲などのオーケストラ作品はまだ少数しか作曲していませんでした。子供たちを授かった若い夫婦には収入が少なく、クララが演奏旅行に出ることが家族の収入源として必要になります。

 

 

 

ただ、演奏旅行中は「有名な女性ピアニストとその夫」という評価でロベルトは見られることになります。ロシアにおける文化や音楽、人々…それらはロベルトにとってとても興味深いものであったようなのですが、もともと神経が細やかであったロベルトにとって、旅暮らしと新しいものに出会うあわただしさ、そして「有名なピアニストの夫」としての評価はロベルトを疲れさせ、作曲家としてのロベルトを消耗させるものとなりました。

 

 

 

ロベルトはもともと文学的な素養があり、若いころから雑誌を主宰して評論を行っていました。シューマンが発刊した「音楽新報」はその後も長きにわたって続くのですが、ロシアから戻ったのちにロベルトは主筆の役を去ります。

 

 

温泉療法などを試みるもロベルトの症状は一進一退で、その年の12月にシューマン一家はライプツィヒを去り、ドレスデンへと居を移すことになります。



 

<ドレスデン、ゼンパー歌劇場>

 

 

 

音楽 | comments(0) | trackbacks(0)

クララとロベルトの物語3

念願かなって結婚をしたロベルトとクララ。二人の新しい暮らしは当初穏やかなものでした。自然を好んでいたロベルトはその中でクララと一緒に散歩をすることを幸せに感じていました。また、書き手を変えながらお互いに思っていることを綴り日記を書いていこうと、ロベルトは結婚式の翌日にクララに提案します。この日記はその後、時折途絶えることはあっても二人によって書き続けられるのでした。

 

二人は音楽を中心に深く結ばれていて、結婚後バッハやベートーヴェンの研究も始めます。その頃すでに優れたピアニストとしての地位を得ていたクララは、当時珍しくベートーヴェンを好んでコンサートのプログラムに入れていました。クララは大変美しい人であり、当時流行していた華やかなサロンでの音楽を「女性であること」を表面に押し出し演奏活動をすることができたかもしれません。しかし、クララ自身は純朴を好み、派手なことを嫌う人でした。父ヴィークからも女性であることに縛られず「本当のピアニスト」として活躍することを期待されていたクララは、少女の頃から年齢にそぐわぬ大人としての解釈で演奏をしていたと言われ、ロベルトもベートーヴェンの音楽の素晴らしさをクララの演奏から知ったほどでした。そのクララの才能はロベルトと一緒にいることでさらに花開くことになります。

 

 

 

 

ロベルトとクララがライプツィヒで共に暮らした時期にはメンデルスゾーンもこの地に暮らしていました。ロベルトとメンデルスゾーンの二人は家族ぐるみで親しく付き合います。その友情は生涯に渡り続くのでした。

 

 

 

 

この頃のメンデルスゾーンはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者であり、ロベルトとクララが結婚してほどなくベルリンの宮廷礼拝堂楽長にも就任します。また自ら設立資金を集めライプツィヒ音楽院を開校し、院長となります。そして作曲とピアノの教授にロベルトを招聘するのでした。

 

 

 

 

新婚の家で暮らした4年の間にロベルトとクララは二人の女の子を授かります。この家にはピアノを弾くことができる部屋が1つしかなく、ロベルトの作曲の邪魔になってはとクララはほとんど自分のための練習ができない暮らしでした。ロベルトとクララの音楽の生活を慕って多くの音楽家が集まってくるこの家で、クララは友人たちをもてなし、子供たちを育て、ロベルトを支え、主婦としても奮闘します。そのような日々の中でクララは北ドイツ、ボヘミア地方、ロシアなどへの演奏旅行も決行します。何とエネルギーに満ちた女性!

 

 

 

 

そのロシアの演奏旅行に同行したロベルトは大きく体調を崩します。この出来事はこの後のクララとロベルトの日々に影を落としていく序曲となるのです。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

♪作曲家「人と音楽」〜シューマンとクララ、ともに歩む道

 

 

 

「にちようクラシック」 日曜日の昼下がり、音楽とお話をお楽しみいただけますように…足をお運びください。

 

 

詳細はhttps://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1144746.html をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

音楽 | comments(0) | trackbacks(0)

クララとロベルトの物語2

ロベルトとクララ、二人の結びつきに反対をしたのは、フリードリヒ・ヴィーク…ロベルトの師匠であり、クララの父であった人でした。

 

クララを理想的なピアニストに育て上げることを長年の夢としていたヴィークは、ロベルトをクララと結婚する男性としてふさわしいとは思いませんでした。

 

 

 

クララがピアニストとして自由に活動できるよう支えることができるだけの資産がない若いそしてまだ成功していない音楽家であること、なにより自分の意のままにはならないであろう人物であること。想像していたクララの夫としての姿からロベルトはかけ離れていました。もともとの偏屈さや頑固さも手伝ってヴィークは二人に対してあらゆる妨害をします。

 

 

 

 

会うことも禁じられたロベルトとクララ。秘密の文通で何とか気持ちを伝えあううちにロベルトが27歳、クララが18歳の時に二人の間で結婚の約束をします。しかしその後もヴィークからの強い妨害は続き、ついにロベルトはクララとの結婚許可を得るためにヴィークを裁判所に訴えます。

 

 

 

そして裁判が1年ほど続いたのち、ついにロベルトは裁判に勝利しクララと結婚をします。

 

 

 

この時ロベルトは30歳、クララ21歳。二人はライプツィヒの街の新居でささやかながら幸せな新婚生活を始めます。この家に4年間住んだ後、ロベルトとクララはドレスデンへと居を移すことになります。

 

 

 

 

 

 

 


 

<シューマンがよく立ち寄ったと言われるカフェ・バウム。

シューマンがよく座っていた角の席も店内に見られます>

 

 

 

 

 

<ロベルトとクララが暮らした「新婚の家」。現在は博物館、コンサートホールとして使われているようです>

音楽 | comments(0) | trackbacks(0)

クララとロベルトの物語1

縁いただいた63日の講座「作曲家 人と音楽」まであと2週間ほどになりました。これから少しずつクララとロベルトの物語…ロマン派の作曲家ロベルト・シューマンとその妻となり彼を支えた女性、クララ・シューマンのお話を綴っていきたく想います。

 

ロベルト・シューマンが生まれた頃にはきら星のごとくドイツ・ロマン派を代表する作曲家たちが生まれています。シューマンが生まれる1年前にメンデルスゾーンが、そしてシューマンが生まれた1810年にはショパンが、そしてその翌年にはリストが生まれ、彼らは接点を持ちながら同時代を生きていくことになります。

 

 

 

そしてシューマンの9年後に生まれたのがのちに妻となるクララ・ヴィーク。クララはシューマンがまだ作曲家を志す前から師事していたピアノの先生のお嬢さんでした。

 

 

 

フリードリヒ・ヴィークは当時有名なピアノ教師でした。そして娘のクララの才能を彼女が幼いうちから見抜き、将来高名なピアニストとするべく育て上げていたのでした。

 

 

 

ロベルトとクララの出会いはロベルトが18歳、クララが9歳の時。クララがサロンで演奏しているのをロベルトが聞いていたのが2人の出会いでした。クララはすでに人前でピアノを演奏することを始めていて、この日も大きな称賛を受けました。そしてロベルトは大学で法律を学んでいながらも音楽への想いを断ちがたく、この時ピアノを教わるためにヴィークに弟子入りをします。

 

 

 

ヴィーク家に下宿しながらピアノを習い始めたロベルト。初めはまだ幼いクララにお話を聞かせたり、散歩に付き合ったりしていた兄と妹のような間柄であった二人でした。

 

 

 

しかしピアニストとして活躍を始め美しい娘に成長したクララと、夢見がちな、けれど音楽の才能を発揮し始めたロベルトは次第に互いを必要とし愛情をはぐくんでいくようになります。そんな二人の愛情が通い合いに断固として阻止しようとした人物が現れます。それは…(続く)

 

 


 

<クララが住んでいた家の跡地を示すタイル。ライプツィヒの街の目抜き通りの一角にありました>

 

 


 

音楽 | comments(0) | trackbacks(0)

ありがとうございました…!

ゴールデンウィークの最後の日曜日は神戸・須磨のフレンチレストラン「シャンティイ―」さんにてソプラノの和田秀美さんとご一緒させていただいたサロンコンサートの日でした。須磨駅から車で10分ほどだけれど、奥須磨公園とお向かいの場所に位置するお店は美しい新緑に囲まれた場所にありました。日常から離れゆったりした気持ちになります。

 

 

 

 

ログハウス風のお店の中からも美しい新緑がいっぱいに見えました。


 

 

ランチタイムの後、コンサートが始まりました。

前半はドイツリートのプログラム。シューマン、メンデルスゾーン、シューベルトの「ズライカ」をお届けしました。

 

 

 

 

シューマンのピアノソロ作品のあと、ベートーヴェンの「アデライーデ」をお聴きいただきました。

この日は「春風と乙女」…女性がテーマになった作品を集めてお届けしました。

 

デザートをお楽しみいただきながらの休憩の後はシューマンとメンデルスゾーンのピアノ曲から第2部がスタート。

そして日本歌曲。神戸出身の作曲家、貴志康一さんの歌曲をお楽しみいただきました。

 

 

 

 

最後に「すてきな春に」をお届けしました。新緑の季節の「春」、そして人生の「春」を楽しんでお過ごしくださいという和田さんの素敵なお話と一緒に…

 

 

 

 

作曲家や音楽にまつわるお話もお聴きいただきながら…音楽とお聴きくださる皆様を結ぶことができますように!

 

 

 

 

アンコールにシューベルトのアヴェ・マリアをドイツ語と日本語でお届けしました。音楽のひと時を一緒に幸せにお過ごしくださったお客様、音楽を心から楽しんでくださったことに大きな励みをいただきました…!

和田さんの伸びやかな音楽とお人柄がコンサートをお聴きくださったお客様との距離を縮めていかれるのを感じました。私もご一緒させていただいてたくさんの幸せをいただきました。

足を運んでくださり私たちの音楽に心を寄せてくださいましたこと、皆様に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

 

自家製パンと一緒にいただいた素材にこだわって作られたお料理。本当に美味しくいただきました!

 



 

 

デザートにいただいたババロアも身体に優しい心からほっとする甘さ。一脚ずつ違う素敵なカップで紅茶をいただきました。

 


 

 

和田さんからお花をいただきました。お友達が作られた作品と伺いました。春色の花束、大切に飾らせていただいています。

 


 

 

お心いただきましたお品も嬉しく…大切に楽しませていただきます!

 

 



 

 

手作りの桜餅。嬉しく本当に美味しく頂戴しました!ありがとうございます。


 

 

いただきましたお気持を糧にまたひとつひとつ進んでいきたく想います。本当にありがとうございました…!

そして…シューマンに引き続き大切に向き合っていきます!

 

 

音楽 | comments(0) | trackbacks(0)