Ein Tagebuch von Berlin

私的伯林日記
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クララとロベルトの物語3

念願かなって結婚をしたロベルトとクララ。二人の新しい暮らしは当初穏やかなものでした。自然を好んでいたロベルトはその中でクララと一緒に散歩をすることを幸せに感じていました。また、書き手を変えながらお互いに思っていることを綴り日記を書いていこうと、ロベルトは結婚式の翌日にクララに提案します。この日記はその後、時折途絶えることはあっても二人によって書き続けられるのでした。

 

二人は音楽を中心に深く結ばれていて、結婚後バッハやベートーヴェンの研究も始めます。その頃すでに優れたピアニストとしての地位を得ていたクララは、当時珍しくベートーヴェンを好んでコンサートのプログラムに入れていました。クララは大変美しい人であり、当時流行していた華やかなサロンでの音楽を「女性であること」を表面に押し出し演奏活動をすることができたかもしれません。しかし、クララ自身は純朴を好み、派手なことを嫌う人でした。父ヴィークからも女性であることに縛られず「本当のピアニスト」として活躍することを期待されていたクララは、少女の頃から年齢にそぐわぬ大人としての解釈で演奏をしていたと言われ、ロベルトもベートーヴェンの音楽の素晴らしさをクララの演奏から知ったほどでした。そのクララの才能はロベルトと一緒にいることでさらに花開くことになります。

 

 

 

 

ロベルトとクララがライプツィヒで共に暮らした時期にはメンデルスゾーンもこの地に暮らしていました。ロベルトとメンデルスゾーンの二人は家族ぐるみで親しく付き合います。その友情は生涯に渡り続くのでした。

 

 

 

 

この頃のメンデルスゾーンはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者であり、ロベルトとクララが結婚してほどなくベルリンの宮廷礼拝堂楽長にも就任します。また自ら設立資金を集めライプツィヒ音楽院を開校し、院長となります。そして作曲とピアノの教授にロベルトを招聘するのでした。

 

 

 

 

新婚の家で暮らした4年の間にロベルトとクララは二人の女の子を授かります。この家にはピアノを弾くことができる部屋が1つしかなく、ロベルトの作曲の邪魔になってはとクララはほとんど自分のための練習ができない暮らしでした。ロベルトとクララの音楽の生活を慕って多くの音楽家が集まってくるこの家で、クララは友人たちをもてなし、子供たちを育て、ロベルトを支え、主婦としても奮闘します。そのような日々の中でクララは北ドイツ、ボヘミア地方、ロシアなどへの演奏旅行も決行します。何とエネルギーに満ちた女性!

 

 

 

 

そのロシアの演奏旅行に同行したロベルトは大きく体調を崩します。この出来事はこの後のクララとロベルトの日々に影を落としていく序曲となるのです。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

♪作曲家「人と音楽」〜シューマンとクララ、ともに歩む道

 

 

 

「にちようクラシック」 日曜日の昼下がり、音楽とお話をお楽しみいただけますように…足をお運びください。

 

 

詳細はhttps://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1144746.html をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

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